坂本龍一×ビートたけしの撮影直後のラジオ対談

◎坂本龍一&ビートたけしの撮影直後のラジオ対談 
 1982年サウンドストリート DJ坂本龍一 ゲスト ビートたけし

「戦場のメリークリスマス シネマファイル」(講談社)にも対談の内容が収録されているが、ここでは私自身がラジオを聴いてテープ起こししたものなので、「シネマファイル」と若干書き方のニュアンスが違うのはご了承いただきたい。

坂本龍一…教授
ビートたけし…たけし

★お互い、「演じたけど、この映画よくわかんないよね」と語っている。

教授「今日完全なラッシュ(編集後の完成映像)観てきたんだよね。で、皆いい、いい! って言ってるんだけどさ。……どうかね?」
たけし「どうかなあ」
教授「泣いてる人いたんだけど」」
たけし「泣いてんの?」
教授「泣いてんの。最後の、たけしさんのところ」
たけし「それ戸田さん(美術監督の戸田重昌氏)の奥さんじゃないの」
教授「(美術)セットがいいって?(笑)」
(中略)
たけし「いや、だけどあれはわかんない映画だね」
教授「難しい。僕、だって自分でやっててわかんないんだもん」
たけし「娯楽にはならないよね」

(中略)
教授「あれは、どういう映画なんだろうね」
たけし「あれはまあ、一大オカマ大会みたいな」
教授「うん」
たけし「あれはね、おいらみたいに、映画に絡んで、台本読んで、そういうもんだ、と思って演ったやつが、ラッシュ観て、やっとわかったっていう程度でね。他のやつが観たらなんだかわかんないと思うんだよね」
教授「わかんないと思うね」
たけし「あれ一回観てわかるやるは、そうとう頭いいか、へそまがりかね」
教授「そうね。深読みしすぎかね」
たけし「映画観て、言葉ひとつひとつ忠実に追って、ああ、そういうものだったっていうね。ある程度知識持って観なきゃしょうがないような」

★この時まだあの有名なテーマ曲を作曲する前である。

教授「あと音楽だけなんだけどさ。大変そうなのね。(中略)難しくしたくないのね。そうなると、音楽で説明的に盛り上げたりしなきゃいけないのかな、と思って」
たけし「いきなり演歌入れたりしたら」
教授「RC(サクセション)かな……何作ったんだお前、なんて(笑)」
たけし「音楽って、難しいね」
教授「難しい。だって、今日観てきたのなんか、音抜きの完璧なものでしょ。だから、あれを結構観れる……2時間7分なんだけど、観れるものにするのは、相当な技が必要だと」
(中略)
教授「でもさ、あれに歌が入ってきたらむちゃくちゃになると思わない?」
たけし「ダメだろうね、歌ね」
教授「で、誰が歌うかって話だってさ。デヴィッド・ボウイが歌っちゃったら、ストーリーと……おかしくなっちゃう。僕でもないし。でさ……最後にさ、映画のタイトル言ってるからさ、たけしさんが……」
たけし「俺が歌ったら大笑いだよ、だけど(笑)」
教授「それはやめよう(笑)大島さんが、『坂本さん、それはやめてください』って(笑)」
(中略)
たけし「音楽はね、説明しといた方がいいな、この映画と同じように。いろんな理由があって、この音楽になったっていう」
教授「そうね」

教授は作曲前のそのプレッシャーを吐露している。
この後200時間スタジオにこもりきりで、あの名曲を生み出すのだから、やはり天才だと思う。

★うなぎ事件

教授「うなぎの時、泣いてないじゃないか(笑)」
たけし「泣いてたじゃないか」
教授「そうだっけ(笑)」

たけしとジョニー大倉が差し入れのうなぎを教授に黙ってこっそり全部食べちゃったときの話である。
教授はそれを知って「なんで俺のうなぎがないんだ」といじけて、「うなぎがないなら撮影ボイコットする」と言うので、たけしとスタッフが駆けずり回り、なんとかうなぎをひとつ入手して、たけし自らうなぎを調理して教授に食べさせたという伝説の「うなぎ事件」。
この時撮影スタートからしばらく経っており、日本食が恋しくて仕方がなかったころだったため、教授は涙してうなぎを食べたらしい。そのことを先に帰国したたけしが「坂本がうなぎで泣いてた」と日本のテレビで面白おかしく話していたため、この話に及んでいる。

★たけしが映画監督に興味を持っている話〜フィルム燃やそうか!の会話

教授「映画って、おもちゃ(たけしの興味の対象)になりそう?」
たけし「うん……今回、ラッシュ観てひっくり返っちゃってね。やっぱり映画って監督だと思うな」
教授「ショックだった?」
たけし「ショックだったね」
教授「僕もショックだった」
たけし「あれは恥ずかしいね」
教授「大変に落ち込みましたよ」
たけし「俺も落ち込んだもん。周りが良かったって言うけど、ふざけんな、いいわけないだろって」
(中略)
たけし「全然写りが違うじゃない?(中略)あれ、こんなセリフを言ってたのかって思うじゃない?」
教授「全然意識していない動きとか、体もだけど、してるよね」
(中略)
たけし「宇崎竜童と話してたんだけど(中略)一番自分の嫌なところを拾ってくれる、それがいい監督なんだって」
教授「……じゃ、いいのかな」
(中略)
たけし「でもさ、天下の坂本と天下のビートたけしがさ、この二人の巨匠が揃ってセコイ映画だったら、恥かいちゃうぜ、これ(笑)人生において唯一の汚点になるぜ、これ」
教授「……いや、汚点なんだよ……」
たけし「こうなったら一般公開前に大島●そうかっていう(笑)」
教授「いや俺フィルム盗もうかと思って」
たけし「フィルム燃やそうかって」
教授「思った、思った(笑)」

たけしはご存知の通りこの後映画監督として世界中にその名を轟かせる。この映画が彼のその後に大きく影響していることがよくわかる。また、教授も世界的に有名な音楽家となる。制作指揮をとったジェレミー・トーマスに紹介されたイタリアのベルトルッチ監督のもとで音楽を手がけた(&再び日本軍人の甘粕大尉役として出演もした)「ラストエンペラー」では、日本人初のアカデミーオリジナル作曲賞も受賞することになる。2人ともこの映画に関わったことで世界的な活躍の場が拓けていることを考えると、本当に運命の映画だったんだろうと思う。

★余談だが、ニュージーランドのイギリス系の人の顔のことをたけしが面白おかしく「ディスって」いる。そしてピーター・バラカンが捕虜役でエキストラ出演していることも明かしている。

たけし「(ニュージーランド人って)マヌケな顔してんのね」
教授「ダメだよ(笑)」
たけし「赤ら顔のさ。なんだい、あれ。別にピーターがそうだって言ってんじゃないよ。(ピーターを見ながら)ピーターはいい顔してるけどね」
教授「ピーターは最高(笑)」
たけし「ピーターが酒飲んで顔真っ赤くして顔面石ぶつけられた、みたいな。あんなんばっかいるじゃない」
教授「(笑) ピーターも、エキストラ(捕虜役)やったんだよ」
たけし「ふんどし一丁で歩いてたの、ピーター?」
教授「そうだよ。ピーター・バラカンです」

ふんどし一丁で歩いていた捕虜は何人かいる。推測では病棟から歩かされていた捕虜のうちの一人ではないかと思うが、確認できない。(知っている方がいらしたら教えてください)
ちなみに、ピーター・バラカンは当時YMOの所属事務所に勤務しており、この映画には教授の付き人として参加していて、エキストラをやったのだそう。
そういえば、全員の目の前でふんどし姿の病人の捕虜がフラフラっと出てきてそのまま倒れる場面がある。あの病人だろうか。(顔がはっきり見えないけど似ている気もする。)もし「この病死する人、実は教授の付き人でピーター・バラカンだよ」ってことになったら何も知らずに観ている人びっくりだろうな(笑)

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