デヴィッド・ボウイ×坂本龍一

★2人だからこそのなせるワザ

戦争ものの映画で、主演の2人が揃いも揃ってミュージシャンであるなんて、前代未聞ではなかろうか。
これ以前にも以後もないだろう。(脇役にも内田裕也とかジョニー大倉とか三上寛とか、日本軍人役にはミュージシャンが多い。)

男しか出てこないこの作品が、そこまで男くさく暑苦しく感じられないのは何故だろう。
私が思うに、主演したデヴィッド・ボウイと坂本龍一の中性的な美しさが男くささを緩和させ、むしろ消してしまっているのだと思う。
2人ともミュージシャン、しかも両者ともにどちらかと言うと当時の最先端をいくビジュアル系である。
それが戦場を忘れさせる一種のファンタジー要素(もしくは少女漫画的要素)にもなっている。

2人とも華奢で、軍人と言うにはあまりにも線が細い。
もしこれがもっとゴツいマッチョなセリアズとガタイのよいヨノイだったらどうだろう。
むさ苦しすぎて、途中でお腹いっぱいになりそうな気がする。

この物語にしてこの2人というのは、多分キャスティングとしては間違いはなかったと思う。
戦場の舞台、男ばかりの中で、花を背負わせても、キスシーンがあっても違和感のない2人でなくてはならないのだ。
演技の技術が追いついてなかったとしても、この2人以外には考えられない。

★デヴィッド・ボウイ as セリアズ

デヴィッド・ボウイは絵に描いたような美貌のセリアズを淡々と演じ切っている。
元々彼の持っている中性的な魅力と周りを圧倒する美しさ。
そして落ち着いたクールな喋り方などは、そのままセリアズのようである。
誇大な演技などしないでも、彼はセリアズそのものだったように思う。
セリアズの学生時代も演じているが、ネット上では「制服はさすがに無理がある」という感想をいくつか目にした。
微妙なところだが、私はいいんじゃない? と思うことにした。だって、制服姿。素敵だから(笑)
「シネマファイル」によると、ボウイはメイクで17歳の学生服という出で立ちに変身させられ、周囲が褒めちぎるのをよそに、恥ずかしい、と照れていたようだ。

★坂本龍一 as ヨノイ大尉

坂本龍一もまた血気盛んなヨノイ大尉を熱演している。
演技のダメだしが何かと多いが、私に言わせると、花を差し出すセリアズの前に体を硬直させたまま頬をピクピクと震わせる演技や、ヒックスリ捕虜長に向かって「答えよ!武器の専門家は何人いる?」と怒りを堪えながら絞り出す英語のセリフとその表情などは、初の演技にしては物の見事だと言いたい。

私自身も演劇を6年やっていたので思うことだが、怒りの演技というのは想像より遥かに難しい。
しかも、怒りながら英語でセリフを言うというのは、演技の経験がある者でもそんなに簡単なことではない。
そういう面から見ると、初の演技にしては、しかも本人は演技なんかやりたくないのにやったにしては(笑)坂本龍一はうまくやり遂げたと思う。

更に、彼があの名曲を手がけたのはやはり作品の中にもいたからこそだったとも思う。
天才的な作曲家ではあるが、音楽だけを担当していたとして、あの名曲が寸分違わず生まれていたかどうかはわからない。

ちなみに、セリフが聞きずらいとの意見があるが、確かに彼の日本語は聞きずらく、英語の方が聞き取りやすい(笑) 私の知っている教授はいつもそうなので、むしろ彼は全編セリフが英語でも良かったぐらいである(笑)(日本兵に対して英語であるはずはないんだけど)

坂本龍一とトム・コンティの日本語のセリフがよく聴こえないという方で英語が多少わかる方なら、欧米向けの英語字幕で観るとすべてのセリフがはっきりわかると思う。

★配役

デヴィッド・ボウイは撮影に入る2年も前からセリアズ役を了承していつでもスケジュールを空けると大島監督と約束していた。
ヨノイ大尉役には滝田栄やジュリー(沢田研二)も検討されていたが、最終的に作曲も込みで坂本龍一に決まった。
デヴィッド・ボウイはYMOを知っていて、坂本龍一に会えるのを楽しみにしていたという。

★その後の2人の関係

2人はこの作品後にお互いのレコーディングスタジオを訪れたりテレビやラジオで対談などをしていて、ミュージシャンとしての交流がある。
デヴィッド・ボウイは東京で坂本龍一の家族と一緒に六本木を歩き、その際坂本の娘の美雨を肩車してあげたらしい(坂本美雨のTwitterより)。
また、デヴィッド・ボウイが日本ツアーのために来日したときはビートたけし、大島渚監督、YMOの他のメンバーも一緒にテレビの特番にも出演した。
その際こっそりボウイと坂本の2人がメモのやり取りをしたり内緒話をしていたので、司会者に「仲がいいですね」という感じでからかわれるシーンがあった。

坂本龍一が「ラストエンペラー」でアカデミー賞を受賞したとき、ニューヨークのデヴィッド・ボウイが東京の坂本龍一に衛星電話を通してカタコトの日本語で(これがかわいい)受賞のお祝いを述べている。
それに対し坂本龍一は流暢な英語で礼を述べる。この様子がテレビで放映されていた。

ボウイ「リューイチ、ラストエンペロのアカデミショ、オンガクショ、オメデト」
教授「Thank you, David. (ありがとう、デイヴィッド)」
ボウイ「カガクーギジュツニヨテ、ボクタチガ、カウシテシャベレルナテ、オドロキダネ!(中略)」
教授「You speak good Japanese! (日本語上手だね)」
ボウイ「ドモ、アリガトゴザイマス。トコロデ、ニホン、ノ、テンキハ、ドーカナ?」
教授「It’s nice. How’s it in New York? (いいよ。ニューヨークはどう?)」
ボウイ「ア……マ、ギ、ワ…`*+?$#」
教授「!?(笑)」
という感じだった。
一生懸命日本語を喋ろうとするデヴィッド・ボウイがかなりラブリー。

お互いの新譜も必ず聴いていたそうだが、最近はやり取りがなかったようで、2016年デヴィッド・ボウイが死去したことを、海外のメディアに対して坂本龍一が「一ヶ月以上ショックの中にいた。それでもまだ彼の死を受け止められなかった」と語り、また「亡くなる2日前にデヴィッドの新アルバムを聴いたばかりだった。癌を患っている人の声だとは思えなかった。まさかこんなに早く逝ってしまうとは思っていなかったから、後悔している。コンタクトを取っていれば」と悔やんでいる。