ハラとローレンスの一個人同士としての会話

クリスマスの夜、酔っ払ったハラはローレンスとセリアズを司令室に呼び、「今夜、私、ふぁーぜる・くりーすます!」と、自らがサンタクロースであると言って釈放する。ハラからローレンスたちへの奇跡のクリスマスプレゼントのシーンである。

ハラがまさかサンタクロースを知っていたなんて、という驚きもさにあらん、そのサンタクロースに自分がなると告げて命を救ってくれるこのシーンには、ハラの方から欧米文化の壁(=捕虜たちとの壁)を一度乗り越えてこちら側にやってきたという、ローレンスとセリアズからしてみれば信じがたいような奇跡の瞬間が描かれている。
ここがこの収容所の中で最も温かく光る、両者の邂逅であり、許しであり、映画の中で重要なシーンとなる。

ここで、ローレンスは酔ったハラに「あなたも、やっぱり、ニンゲンだ」と伝える。ひとりひとりの日本人を嫌いたくないと言った彼自身を確信するような言葉だ。
このシーンでは、ハラは「ろーれんすさん!」と呼び、ローレンスもまた「ハラさん」と日本語で答える。
2人が日本兵と捕虜の壁を乗り越え、お互いを一個人の人間として呼び合っている素晴らしいシーンだと思う。

原作でのシーンはこう描かれている。

<原作>

突然、ハラがこう言ったからなのだ。出かかった笑いが押し殺されたためであろう。唇をちょっとひきつらせて、「ろーれんすさん。ふぁーぜる・くりーすます。知っとるかな?」

 <さん>づけをして言われようとは予期していなかった。それだけに、ロレンスはほとんど全身の力が抜けてしまいそうになり、ハラの言ったふしぎな<ふぁーぜる・くりーすます>という言葉のことを本気に考えることができなかった。

とうとうハラの短期な眉に、あまり返事が遅いための、無理解の雲がかかるのを彼はみた。この雲は、たいてい、激怒の前ぶれになる。そのとき、やっと彼には納得がいったのだ。「知っていますとも、ハラさん」と彼はゆっくり答えた。

「ファーザー・クリスマス(サンタクロースのこと)ですね、知っていますよ。」
「エヘーヘッ!」とハラは、かなり満足げに、歯の間からきしるような叫び声をあげた。一瞬、彼の長い唇のあいだで、金縁の歯がキラリと輝いた。それから椅子にふんぞり返ると、彼はこう申しわたすのだった。
「今夜、わたし、ふぁーぜる・くりーすます!」

(「影の獄にて」思索社 51ページより)