<原作>ヨノイは生きて帰国している

★ヨノイ大尉のその後。原作では生きて帰国している。

映画ではヨノイ大尉は戦後すぐ処刑されているが、原作では生きて帰り、ローレンスに預かってもらっていたセリアズの遺髪を受け取って神社の聖火に捧げた、と書いてある。
これを読んで、少し救われた気がした。
映画ではローレンスは処刑される前のヨノイからセリアズの遺髪を託されており、ヨノイの故郷の村の神社に奉納するよう頼まれた、とハラに語っているが、実際にはヨノイ本人の手でセリアズの遺髪(=魂)を神社に捧げることができたのだ。
そして、ヨノイはローレンスに手紙を書いている。
彼はセリアズの魂を日本に連れ帰り、生きている時には築けなかった絆を日本の神のもとで紡いだのだ。

ちなみにこの原作は著者ローレンスの実際の経験に基づいているそうだが、もしノンフィクションだとしたら、ヨノイ大尉のモデルとなった人物は本当にセリアズのモデルとなった人物の遺髪を神社に捧げたのだろうか?
その後は2.26事件の後悔を捨てて天寿を全うされたのだろうか。
できれば真相を追ってみたいと思う。

ヨノイがロレンスにセリエの髪のことをお願いし、その後帰国して髪の毛を奉納したことが原作に描かれている。

(原作より)

二人きりになると、ヨノイはロレンスに、つぎのようなことを打ち明けたのだ。終戦当時、ヨノイは婦女子抑留所をあずかっていた。明らかにセリエとの一件の始末として、この屈辱である。
ところが戦後逮捕されて、ある収容所で身体検査を受けたとき、ヨノイがこの世のなによりも大事にしていたものを見つけられ、没収されてしまった。それを取り戻してもらえまいか?というのである。
(中略)

ヨノイは懇願する。
「あなたはわれわれ日本人をわかっておられる。だからわたしにとっていかに大事なものか、わかってくださると思います。最後の望みです。取り戻していただけませんか。それを国に送って、父祖を祭る神社の祖霊にそなえるよう、言付けてはいただけませんか」
(中略)

それは自分が今まで会ったなかで、いちばん立派な男の髪の毛である。その男は敵側で、もう死んでしまったが、それでもやはり大変立派な男で、自分は決して忘れない。
こと切れたあの男の頭から金髪を切りとったのは、ただひたすら、あの男の後世の住処を与えんとしたがためである。
(中略。このあとロレンスはその願いを引き受けるが、特赦がおりてヨノイは処刑を免れる。)

ロレンスは、すでに日本に帰国していたヨノイに金髪を送ってやった。折り返しヨノイの深い謝辞をしるした手紙が送られてきた。
例の髪は神社の聖なる神火に捧げた、と。手紙によれば神社は美しい場所にあり、秋祭りの日など、さながら全山、山火事のように真赤に燃えさかる楓の木の生い茂る急な丘陵のなかの、杉の木に囲まれた道をずっと潜りぬけた果てのところにある。雲にそびえる高みから滝がほとばしり、下手の川と池に流れこみ、そのあたり、鯉と身のこなしの早いマスがいっぱいに泳いでいる。まわりの空気にはさまざまな樹木の香りがただよい、ゆたかな水に清められている。かのひとの御霊に、まことにふさわしい住処である、とあなたも分かってくださるだろう、とあり、ヨノイの自作の詩で結んであった。社前に赴いて深く礼をし、鋭く柏手うって、祖先の御霊に帰朝を報告し、祖霊に読んでいただくべく、つぎの詩を奉納してきた、と。

春なりき。
いや高き祖霊(みたま)かしこみ、
討ちいでぬ、仇なす敵を。
秋なれや。
帰り来にけり、祖霊前(みたまえ)、我れ願うかな。
おさめたまえ、わが敵もまた。

(「影の獄にて」思索社 240〜242ページより)

出征の折には敵を討つことだけを考えたが、いまは帰って、敵だったひとの御霊もまた安らかであることを祈りたい、という気持ちを詩に表している。
映画では戦後すぐに処刑されていて文字通り儚く散ったわけで、それはそれでドラマチックな終わりでもあるが、原作を読むととにかく「ああ、自らの手で奉納できて良かった!」と読んだこちらが救われた。
多分ヨノイはその後の人生でずっとセリエのことを思い続けただろう。
それにしても、詩を読むなんて、ヨノイ大尉はやっぱり実際(原作)でも文学好きだったにちがいない。

原作では、この詩を読んだロレンスが「わたし」にこう語っている。
「はるかなふるさとで弟が兄のなかに蒔いた種は、たくさんの土地に植え付けられたんだよ。あのジャワの捕虜収容所にもね。(中略)その後、ヨノイの手で日本の丘陵と霊のうえに植えられ、いまここでも、こうしてきみとぼくのなかにその種は生い育っているじゃないか」